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2005 年
5 月
17 日 教科書問題の本質は何か 〜「歴史をどう教えるか」でなく「世の中をどう見るか」〜 |
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教科書採択に際して注目されている「歴史」の教科書について学習する会をもちました。講師は高校の社会科教師、尾形修一さん。以前は中学の教師でもあり、歴史が専門です。各社教科書を比較・対照しての尾形さんの分析で、扶桑社版が他社版と「相当変わっている」ことがよくわかりました。 江戸時代の「百姓一揆」にまったく触れない。原爆の死者数を載せない。南京虐殺事件は「注」で触れるだけの扱い。他社は触れていないのに扶桑社だけ大きく取り上げている事項、たとえば天皇に関わる神話。「武士道と忠義」「二宮尊徳と倹約」。「聖徳太子」の記述がバランスを欠くほどに多い……。 人名索引を比較すると、人物史観の特徴が歴然です。反戦運動に触れないため扶桑社だけ「幸徳秋水」は載せないなど、「近代日本の歩みに批判的な人物が排除され」、女性史を取り上げないかわり、女性の人名は「日本の伝統」を取り上げるための教材として利用している、と尾形さんは指摘します。 問題は、ただ変わっている、特異だということではありません。「人権と平和を求めた勇気ある先人の歩み」の無視、民衆への蔑視。支配者側の英知や能力は賞賛し、戦争の悲惨さを考えさせない方向性。……こういう歴史観から中学生が何を学ぶか、ということが一番の問題だと思うのです。 尾形さんの次の言葉が、問題の核心を突いています。だからこの問題をやり過ごすわけにはいかない、と改めて感じます。 ★「歴史教科書をめぐる問題」は「歴史をどう教えるか」の問題ではなく、実は、「現代をどう理解するか」の「世の中の見方をめぐる争い」が本質である。 | ||
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