〜プロフィールボード〜
◆ボイス・ネットワーク◆
小松久子 杉並区議会議員
5月!いい季節です。
何がいいかというと、日本はついに「原発の稼働ゼロ」のときを迎えました。
この状態が永久に続くよう知恵を働かせたいものです。
たとえば一人ひとりの節電。それから住民投票。
「東京都は原発による電気はいらない」ということが都民自身の意思で決められるなら、どんなにうれしいでしょうか!
原発都民投票が実現できるか否か、勝負どころです。
◆所属委員会等:総務財政委員会、道路交通対策特別委員会、議会運営委員会、同理事会
*「生活者ネット・みどりの未来」幹事長
杉並・生活者ネットワーク
みんなで決めよう「原発」国民投票
■ 5/10「原発」都民投票実施を求める直接請求を行いました!
■ 区議会第1回定例会は終了しました
小松久子が会派「生活者ネット・みどりの未来」を代表して質問を行いました。質問全文がご覧いただけます。
上関原発への静かな告発『祝の島』
(別ページで開きます)
「活動報告」内キーワード検索
2012 年 5 月 17 日
上関原発への静かな告発『祝の島』
〜 原発反対デモがくらしの中にある 〜
イラスト:西村繁男
『祝(ほうり)の島』は、山口県の上関(かみのせき)原発予定地からわずか4キロにある瀬戸内海の小島、祝島(いわいしま)の自然とそこに生きる人びとの日々のくらしをていねいに映し撮ったドキュメンタリー映画です。
これらの点も、地域を分断する魔の手、原発問題に直面する島の苦悩が描かれているところも、鎌仲ひとみ監督の『ミツバチの羽音と地球の回転』と同じ。『祝』の監督は纐纈(はなぶさ)あや氏。監督が女性なのも同じです。
この映画の上映会をやろう、ということになり1月に仲間うちで試写会をしたとき。同じ題材の『ミツバチ』と比べて地味な画面に、よほど原発問題に関心の高い人でないと見に来てくれないのでは、というのが正直な感想でした。
ところがその場にいた幼稚園ママが「自分のおばあちゃんを思い出して」と涙ぐんで感想を述べたことで、映画の訴える力を信じようと考えが変わりました。
映画は冒頭、上関町議会が原発誘致を可決決定したときの場面を映しますが、その後はひたすら日本の典型的な離島の、開発や繁栄からある意味「取り残された」ような日常を淡々と描き出します。
船上での一人漁、浜でのタコの加工のようすも、棚田での農作業も、1,000年前もこうだったろうと思わせられるのどかな風景です。冒頭の場面がなければ、単に高齢化が進む過疎の村の郷愁を誘う映画と錯覚してしまいそう。
しかしもちろんそうではありません。以前
こちら
にも書きましたが、30年近く上関のおばあちゃんたちは原発反対運動を続けられるタフな人たちなのです。毎週月曜がデモの日。原発反対デモが日常のくらしの中にある。
画面は原発推進派の人たちを映しません。だからその人たちのくらしも、地域が分断される苦悩も、想像するしかありません。
上映会が行われた5月15日は、奇しくも沖縄の本土返還記念日でした。国策の下で地域に強いられる犠牲、壊されるコミュニティーという点で本質的に同じ問題をはらむことを改めて思いました。
女性・ジェンダー
[18]
杉並の教育と教科書問題
[99]
子どもと人権
[69]
食と農業
[51]
水とみどりと外環自動車道
[40]
地球温暖化と省エネ
[41]
映画・オペラ・おたのしみ
[80]
白鴎有志の会
[18]
活動報告
[37]
憲法・平和・社会
[141]
自治と議会とまちづくり
[158]
みんなの健康と福祉
[76]
ごみとリサイクル
[31]
核・放射能・エネルギー
[53]
2012年5月12日
知事に届け!323,076人の思いの重さ
2012年5月7日
5.6脱原発杉並「祝!原発ゼロパレード」盛況のうちに終わる
2012年5月4日
原発都民投票の条例制定を成功させる文案をみんなで考える
2012年4月27日
「原発都民投票」提出した署名用紙、選管で縦覧
2012年4月23日
大石又七さんのお話をきく会@高円寺
>>>
バックナンバー一覧はこちら
1953年 東京都台東区根岸生まれ。祖父母の代からの下町生まれ・下町育ち、チャキチャキの江戸っ子。
1967年 台東区立台東中学校に在学中、木下順二・作、山本安英の演劇『夕鶴』を観て感激し演劇部活動に熱を上げる。
1969年 都立白鷗高校在学中、女子クラス廃止運動を発案・展開する。翌年、女子クラス廃止は実現。
1971年 高校卒業。建築家をめざし日本女子大学家政学部住居学科入学。
1973年 学業への意欲を喪失する一方、人形劇の可能性に啓発され方向転換。大学を退学。
1973〜1976年 人形劇団プークに在籍し、北は稚内から南は鹿児島まで、『青い鳥』のミチル、斎藤隆介・作『ゆき』のトンボ役などを演じて全国巡演の旅の生活を送る。75年、ベトナム戦争終結を公演で訪れていた福岡市で迎える。
1977〜1985年 息子3人の子育てに追われるなか、洋裁に明け暮れ子ども服からスーツ・コート、カーテンまで手づくりする。学校のPTA活動をとおして子どもを取りまく社会問題に触発され、ミニコミを発行する。
1986〜1992年 夫の転勤により家族でニューヨーク郊外に居住。現地校のPTA役員や町の図書館ボランティアなど市民活動を経験する。オペラと「出会い」、メトロポリタン・オペラ通いに加えて声楽家のもとでモーツァルトやプッチーニのアリア・歌曲の練習に励む。
1992年 保谷市(当時)に居を移し朗読、手話のサークル活動に参加するほか、合唱団員としてサントリーホールや芸術劇場の舞台を踏む。生活クラブ生協に加入し食の問題に目覚める。
1995年 杉並区に転居。生活クラブ生協の活動にはまる。
1997年 都議2期目に挑む藤田愛子の選挙を手伝う。初めての選挙活動経験となる。
1998年 北東京生活クラブ生協の理事になり、生協活動にさらにのめり込む。
2002年 生活者ネットワークのメンバーとして03年区議選への挑戦を決意する。
2003年 区議会議員選挙で初当選
2007年 区議会議員選挙で2期目当選
2011年 区議会議員選挙で3期目当選
●家族/夫・息子ひとり。ほかに息子2人とその妻たち、その子どもたち。孫は4人。
●今川4丁目に居住
●趣味/オペラ(観ること、聴くこと、歌うこと)、洋裁
●特技/外郎売(ういろううり)の口上
●好きな映画/F.ジンネマン監督『ジュリア』、黒澤明監督『わが青春に悔なし』、F.ゼッフィレッリ監督のオペラ『オテロ』
□
都議会生活者ネットワーク
全国市民政治ネットワーク
□杉並区議会議員
市橋綾子
●当ページはInternet Explorer4.0以降を推奨しています。●
当サイトの著作権は
東京・生活者ネットワーク
にあります。