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  小松久子 杉並区議会議員

プロフィール
理念・政策
自由自治元年。
1884年(明治17年)、秩父の農民組織「困民党」が自由民権を夢見て蜂起し、その精神をこめて唱えたという。
「原発都民投票」を実現させて今年を都民の「自治元年」としたい。
杉並では「脱原発」の一点で大きな集団メッセージを発信しようと動きが始まっています。面白くなりそう…。

◆所属委員会等:総務財政委員会、道路交通対策特別委員会、議会運営委員会、同理事会、基本構想審議会 
*「生活者ネット・みどりの未来」幹事長
杉並・生活者ネットワーク
みんなで決めよう「原発」国民投票
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活動報告 話題の映画『ヒミズ』をみる 印刷用に最適 (別ページで開きます)
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2012 年 1 月 25 日
話題の映画『ヒミズ』をみる

〜 3.11後の希望が見えた 〜

話題の映画『ヒミズ』を吉祥寺でみました。

「ヒミズ」とはモグラの一種らしい。地下に生息して日光の照るところには出てこないので「日不見(日を見ず)」なのだそうです。同じタイトルの原作コミックは読んでいませんが、この小動物が主人公の少年の暗喩であることは明らかです。15歳、中学3年生の少年の、大人に痛めつけられて救いようのない暗い生きざまをヒミズにたとえています。

実父、借金取りなどから蹴られ、殴られ、踏みつけにされ実母から捨てられ、一人で生計を立てなければならなくなった少年の悲惨さは度外れているし、少女の置かれた状況も過酷すぎます。しかし、大震災と津波に襲われたがれきの広野、非日常が日常になってしまった荒廃を前にすると、がぜん強烈なリアリティーに裏付けられて観る者に迫ってきます。納得させられるのです。

園子温(その・しおん)監督は、昨年3.11を経験して、すでに撮影中だったこの映画のシナリオを書き直さずにいられなくなり、撮影もやり直しを余儀なくされたのだそうです。被災地の実写映像をはめ込んだ作品作りは、あるいは反感を買う可能性があるのかもしれない。でも園監督にとってはその映像なしにこの作品はつくれなかったということが、映画を見ればわかります。

恋愛映画や動物映画、恐竜映画、などとジャンル分けがされるように、いつか「震災映画」と呼ばれるカテゴリーが生まれると思いますが、そのときにこの『ヒミズ』は「先駆け的な傑作」として位置づけられるような予感がします。

また優れた青春映画であることも間違いなく、一種の家族映画ということもできると思います。物語のラストを予想させる場面が何度も挿入されますが、それが裏切られ真逆の結末を用意してくれた監督に感謝したくなったのは、ふたりの主演俳優の若さがほとばしる熱演に魅せられてしまったからです。



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プロフィール
1953年 東京都台東区根岸生まれ。祖父母の代からの下町生まれ・下町育ち、チャキチャキの江戸っ子。

1967年 台東区立台東中学校に在学中、木下順二・作、山本安英の演劇『夕鶴』を観て感激し演劇部活動に熱を上げる。

1969年 都立白鷗高校在学中、女子クラス廃止運動を発案・展開する。翌年、女子クラス廃止は実現。

1971年 高校卒業。建築家をめざし日本女子大学家政学部住居学科入学。

1973年 学業への意欲を喪失する一方、人形劇の可能性に啓発され方向転換。大学を退学。

1973〜1976年 人形劇団プークに在籍し、北は稚内から南は鹿児島まで、『青い鳥』のミチル、斎藤隆介・作『ゆき』のトンボ役などを演じて全国巡演の旅の生活を送る。75年、ベトナム戦争終結を公演で訪れていた福岡市で迎える。

1977〜1985年 息子3人の子育てに追われるなか、洋裁に明け暮れ子ども服からスーツ・コート、カーテンまで手づくりする。学校のPTA活動をとおして子どもを取りまく社会問題に触発され、ミニコミを発行する。

1986〜1992年 夫の転勤により家族でニューヨーク郊外に居住。現地校のPTA役員や町の図書館ボランティアなど市民活動を経験する。オペラと「出会い」、メトロポリタン・オペラ通いに加えて声楽家のもとでモーツァルトやプッチーニのアリア・歌曲の練習に励む。

1992年 保谷市(当時)に居を移し朗読、手話のサークル活動に参加するほか、合唱団員としてサントリーホールや芸術劇場の舞台を踏む。生活クラブ生協に加入し食の問題に目覚める。

1995年 杉並区に転居。生活クラブ生協の活動にはまる。

1997年 都議2期目に挑む藤田愛子の選挙を手伝う。初めての選挙活動経験となる。

1998年 北東京生活クラブ生協の理事になり、生協活動にさらにのめり込む。

2002年 生活者ネットワークのメンバーとして03年区議選への挑戦を決意する。

2003年 区議会議員選挙で初当選

2007年 区議会議員選挙で2期目当選

2011年 区議会議員選挙で3期目当選

●家族/夫・息子ひとり。ほかに息子2人とその妻たち、その子どもたち。孫は4人。
●今川4丁目に居住
●趣味/オペラ(観ること、聴くこと、歌うこと)、洋裁
●特技/外郎売(ういろううり)の口上
●好きな映画/F.ジンネマン監督『ジュリア』、黒澤明監督『わが青春に悔なし』、F.ゼッフィレッリ監督のオペラ『オテロ』


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市橋綾子
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